エッセイ
良くない研究テーマ?
良くない研究手法?
平成27年11月18日掲載
羽賀 俊雄
大阪工業大学
教授
50代の半ばになり定年まであと10年となると,今更研究テーマや研究の手法を変える気力も時間もお金もないといった諦めの境地です.20代,30代の若かりし頃は,研究テーマや研究手法についていろいろ考え,悩みました.その頃から今に至る状況を書かせて頂きたいと思います.
研究テーマについては,研究に少しでも携わるものであれば悩むものであると思います.特に若い時は,評価される研究テーマを選びたいと誰もが思うのではないでしょうか.私は,溶融加工法の開発を研究のテーマとしてきました.修士課程,博士課程および助手の2年間は,単ロール急冷凝固法の一種であるメルトスピニング法という厚さが100μm以下の箔を作製する方法についてプロセスの視点より研究をしていました.アモルファスの箔を作製する方法といえばご存知の方も多いと思います.1枚の箔だけではなく,2層クラッド材や約100層の箔を積層する方法を考案・研究しました.アルミニウム合金はアモルファスになり難く,優れた特性を有する材料を作製できたわけではないので,“このテーマを研究して将来どうするつもりか?”と心配して頂いたものでした.“この箔の特性では使い道はない”といわれても,私は材料屋ではなくプロセス屋でオリジナルのプロセスも考案できていたので材料の特性はあまり気にしていませんでした.私は機械工学科に所属していたため,実験装置は水冷ロールを除けば全て手作りでした.この頃はバブル絶頂期であり,企業には高額の実験装置が次々に導入され,大学はプロセスに関する研究では勝負できないと言われていました.“実験装置を手作りする時代ではない”と企業に勤めている研究室の先輩から言われたものでした.
助手から講師になり1人なったので自分でお金を集める必要が生まれ,研究テーマの選択には“世間の目”を気にしないわけにはいかなくなりました.そこで薄板鋳造用の双ロールキャスターをテーマに選択しました.箔が薄板に,単ロールが双ロールに替わっただけで,大変安易なテーマの選択と研究者の諸先輩の目に映ったようでした.ハンターとペシネーというアルミニウム合金用の双ロールキャスターの2大メーカーが世界を席巻していました.また,アルミニウム合金の双ロールキャスターの研究では,オックスフォード大学のJ.D.Hunt教授が絶対的な地位を築かれていました.“双ロールキャスターでは飯は食えない”,“まだ手作りでやるつもりか”と厳しいご指導を頂いたものでした.
従来の双ロールキャスターと比較して10倍以上のロール周速で薄板の鋳造が可能な高速双ロールキャスターや3層クラッド材を溶湯から直接鋳造できる双ロールキャスターの研究を行うと“急冷箔のころからすると研究テーマが良くなった”,“オリジナリティーが出てきた”とお褒めの言葉を頂くようになりました.しかし,急冷箔の経験がなければ,薄板の高速鋳造やクラッド材作製のためのプロセスは考案できませんでした.高速化における薄板のロールへの固着の解決や,高温の板表面の酸化膜のクラッド化への影響の解決は,私にとってはメルトスピニング法に関する研究の横展開でしかありませんでした.実験装置を自作しているのでアイデアを短期間のうちに検証できたため,オリジナリティーがあるように見えたのだと思います.私は,けっしてオリジナリティーに富んでいません.やがてバブルがはじけ,安価な手作りの装置も悪くないと思える時代になりました.この20年間で合わせて20台以上の単ロールキャスターと双ロールキャスターを作製しました.
手作りの双ロールキャスターを使用した実験の様子
この20年間を振り返ってみますと,どうにか研究らしきこと(自分で思っているだけかもしれませんが)をやってこられたのは,“良くない研究テーマ”の経験と実験装置を自作するという“良くない研究手法”の賜物です.若い研究者の皆様は,研究テーマでは悩みも多いと思いますが,皆様が持っている宝物に気づいて大切にしてみるのも良いかと思います.