エッセイ
やってみなければわからない
材料と生産技術
平成24年11月6日掲載
神戸 洋史
日産自動車株式会社
パワートレイン生産技術本部
パワートレイン技術開発試作部,
エキスパートリーダー
少し古い話になるが,昨年の6月から7月にかけて,ドイツのデュッセルドルフでGMTN2011が開催された.これは,鋳造や金属加工における4つの専門見本市 GIFA(国際鋳造機材・技術展)/METEC(国際金属製造機材・技術展)/THERMPROCESS(国際工業炉・熱応用技術展)/NEWCAST(国際鋳造製品展)であり,4年に1度開催されているものである.鋳造に関する世界の技術を集めた見本市であり,新技術や新製品の発表の場,また商談の場として多くの方が世界中から参加している.日本では一般にGIFAという名称で通っている.今回,早稲田大学の吉田先生たちとともにこの見本市に参加し,技術動向調査を行った.
会場の一角にはヨーロッパの大学がブースを出展しており,大学教授や学生が自分たちの研究を発表していた.これらの大学の中で我々の専門分野であるアルミニウム合金鋳造技術に関する研究発表をしていたドイツのマグデブルク大学機械工学部の先生と知り合いになり,昨年11月にその先生を訪ねてマグデブルク大学を訪問した.
マグデブルク大学は17世紀にオットー・フォン・ゲーリケが行った大気圧を示す実験の“マグデブルクの半球”で有名なところである.この大学の機械工学部には,1学年約400名の学生が在籍している.我々が訪問したバール教授の研究室ではドイツの各自動車メーカと共同で鋳造の生産技術に関する種々の研究開発を行っている.教授の研究室の研究内容に関する説明を受けた後,研究設備を見せていただいた.実習場には機械加工設備をはじめ,砂型を製作するRP装置や溶解・鋳造設備などが設置されており,生産技術に関する研究開発が十分できる体制が整っていた.
実習場の一部で,20人ほどの若い学生たちが砂型を込めていた.学生実習で,自分たちで砂型を作ってアルミニウム合金を鋳造する実習を行っているとのことであった.この実習は学生全員が行うことになっていて,400名の学生を20人のクラスに分けて行っているということであった.学生たちはみんな面白そうに砂型を作っていた.
私は金属工学科の出身であるが,私が大学生であったころには鋳造実習は必修科目であった.木型の製作から始まり,砂型作り,溶解・鋳造と鋳造に関する一通りの実習を行った.鋳造以外にも,機械加工,プレス,溶接,表面処理などの金属材料に関する生産技術の実習があり,実際にものに触れて学ぶことができた.最近の日本の大学ではどうであろうか?材料系の学科がどんどんなくなってきており,機械系か化学系の学科に統合されている.これらの大学では金属材料に関する実験や実習は従来よりも減っていると思われる.材料と生産技術は切っても切れないものであり,いくらいい材料を開発したところで生産技術が確立していなければその材料を活かすことができない.従って,大学においても生産技術の研究や学生への教育が重要であると思うが,今の日本の大学でそれを期待するのは難しそうである.
ドイツの大学では生産技術を大切にしているようである.マグデブルク大学の見学で鋳造実習をしている学生の姿を見て,ドイツの技術力の凄さをひしひしと感じた.同行した吉田先生も同感であった.日本でも何とかこのような実習を復活させたいと思った.
私は数年前から早稲田大学で教鞭をとっている.主に自動車用材料の講義をしていたが,吉田先生と相談して,今年から自動車の生産技術の講義を立ち上げた.若い学生さんに生産技術の大切さを理解してもらい,将来,日本の生産技術を牽引していってほしいと考えたからである.当然,鋳造実習も入れ,工場見学もセットにした.鋳造実習は,決められたものをただ作るのではなく,与えられた製品のどこから溶湯を流してどのように固めるかを自分たちで考えられるように工夫した.また,実際の会社では当たり前のように用いられるシミュレーションについてもさわりの部分は経験できるようにしてある.
初年度は約30名の受講生であった.ほとんど全員が砂型を作ることは初めてで苦労していたが,自分の手で実際のものができることについては全員が楽しんで実習していた.生産技術や材料の面白さが少しは分かってもらえたような気がする.将来,そちらの方向に進んでもらえるとありがたいと思う.
今回の試みは,ある意味で産学連携の取り組みである.これからは,研究開発だけではなく,将来の日本を背負っていく人材育成の分野でも産業界と学界とが連携して取り組んでいくことが重要であると思う.いろいろな大学で材料と生産技術に関する授業や実習が増えていくことを期待したい.