一般社団法人 軽金属学会

  • お問い合わせ
  • English

エッセイ

「蝶」、「温暖化」とアルミニウム

平成22年5月1日掲載

谷川 久男

三菱アルミニウム株式会社
常勤監査役

 

 高校入学時、友人に誘われて生物部に入った。これが私の「蝶」との付き合いの始まりで、以来ずっと続くものとなった。元来虫好きで、小学生の頃は、セミとりの網を常に机の脇に置いて夏休みの宿題をしており、いわゆる「昆虫少年」ということになるのであろう。「昆虫少年」だったという著名人は多い。ノーベル化学賞を受賞された福井謙一氏や白川英樹氏もかつては「昆虫少年」だったようである。漫画家の手塚治氏はオサムシという甲虫(コガネムシ、カブトムシのグループ)からペンネームをつけられたことは有名であり、少年時代に書かれた虫の絵が本になっているが、夫々の虫の特徴を捉えた見事なものである。脳科学者の養老孟司氏も小さな甲虫類を中心に研究しておられる。「昆虫少年」として虫を探すうちに、科学者として物を観る(観察する)目、能力が養われてきたものだと思う。ところが、最近は「昆虫少年」が減ってきており、昆虫採集を趣味とする人は採集対象の「虫」より先に「絶滅危惧種」になりそうな状況にある。この「昆虫少年」の減少が「理科離れ」に繋がっていると感じている。

 「蝶」との付き合い方は、採集、飼育、撮影など多岐に亘る。私の場合、「採集」も「調査」として、採集結果については昆虫同好会誌に投稿し、記録として残している。趣味の世界ではあるが、自然科学における記録の重要性を考えてのことである。日本におけるチョウをはじめとする昆虫の研究は、アマチュアの研究者が支えてきた。卵から孵った幼虫が何を食べて育ち、成虫になるかという「チョウの生活史」の解明はアマチュアの手によってなされたものが多い。また、あるチョウがどこに住んでいるかという分布は、各地の同好会誌に報告された記録を積重ねによって明らかになっている。私の記録もその一端を担っていると勝手に動機付けて、補虫網(柄はアルミ製)を振っている。

 次に、話を地球温暖化に移そう。現在、大きな問題となっている「地球温暖化」は、平均気温では過去100年間で1~2度上昇の話である。その程度のものかと思う方も多いと思われるが、実はこの温度でも影響は大きい。チョウの世界では南方系のチョウが北へ分布を広げている。例えば、私がチョウと付き合い始めた1960年代には、九州、四国に行かなければ確実に見ることができなかったナガサキアゲハという黒い大きなアゲハチョウが分布を広げ、最近では関東地方でも良く見かけられるようになった。ナガサキアゲハは、気温の上昇で冬越しできる環境が広がったことにより、分布を拡大したとみられている。この他にも、ガやトンボなど南方系の昆虫の分布拡大が観察されている。植物では考えられないことであるが、翅という移動手段を持つ昆虫の分布は、温暖化に伴い急激に変化している。つまり、九州まで行かなくても、南方系のチョウを採集できるようになったのである。チョウを趣味とするものにとってうれしいことであるが、同時に逆のことも起きている。それは北方系のチョウの衰退で、それらのチョウが住める環境が段々と狭められている。チョウの観察を通じて、地球温暖化対策が早急に必要な状況に来ていることを身にしみて感じている。

 環境変化を観察する上で、チョウは有用な存在である。チョウは①昼間活動するため目に付きやすい、②きれいなものが多く目立つ、③研究者(アマチュアを含め)が多く、過去の記録が多く残っている等々から、環境指標として調査しやすいという特徴を持っている。上記のような環境変化を実感するという観点で、もっと多くの人に昆虫の世界に目を向けてもらいたいと思う。

 最後に、CO2の排出量を削減し、地球温暖化を防止する手段の一つが自動車からのCO2排出の軽減である。アルミニウムという素材は自動車の軽量化を進める上で有効な素材であり、それによりCO2の排出量を減らすことができる。私は、アルミニウムをどのようにして自動車に応用するかを研究・開発テーマとしてきたが、材料コストだけではなく、加工コストの高いことも問題とされることが多かった。新たな加工方法の創出により、自動車へのアルミニウムの利用が進み、地球温暖化の防止更には生物多様性が維持されることを望んでいる。

 
PAGE TOP