一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

「不易流行」by 松尾芭蕉

平成22年1月1日掲載

相浦 直

株式会社神戸製鋼所
アルミ・銅カンパニー
技術部担当部長

 
 私の東京での暮らしも2年目の冬を迎え、「日々の通勤地獄」にも諦めがついてきたこのごろです。初めて暮らした東京は、門前仲町でした。地方に居ますと教科書やテレビでしか触れられない文化に、いろいろな形で触れられるのに驚きもありうれしさもありました。そこで再会できたのが「松尾芭蕉」という人物。「古池や、かわず飛び込む水の音」 あまりにも有名な歌人であり旅人です。これまでの、知識としての芭蕉から、少し一歩進んだお付き合いをしだすと、いろいろな芭蕉に触れることができました。そこで出会った言葉が「不易流行」。どういう場面での言葉か、深くは知りません。しかし、その示す意味は、世の中に対する、私の考え方に大きく影響しています。

 「不易流行」とは、松尾芭蕉が『奥の細道』の旅の間に体得した概念です。「不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず」と説かれています。つまり、「不変の真理を知らなければ基礎が確立せず、変化を知らなければ新たな進展がない」、しかも「その本は一つなり」即ち「両者の根本は一つ」であるというものです。「不易」は変わらないこと、即ちどんなに世の中が変化し状況が変わっても絶対に変わらないもの、変えてはいけないものということで、「不変の真理」を示しています。一方、「流行」は変わるものを示し、社会や状況の変化に従ってどんどん変わっていくもの、あるいは変えていかなければならないもののことです。「不易流行」は俳諧に対して説かれた概念です。学問や文化や人間形成にもそのまま当てはめることができるといろいろな言葉で解説されていますが、私なりに解釈している次第です。

 私の仕事での実感としての「不易流行」感は、物事へ対処する場合の、選択枝としてではありません。軽重のバランスはあるにしても、両方を認識しているかの自己チェックの方法であるくらいのものと感じています。2009年に、これを実感した仕事として、日本アルミニウム協会の技術ロードマップの作成に関わる機会がありました。様々な分野の方々のお話を聞き、いろいろなご意見もいただきながら、完成しました。作成のメンバーの方々にも恵まれました。いろいろな意見、見方はあれ、「その根本は一つなり」の理念を共有できたチームであったと感謝しております。この活動でいろいろな製品分野の方々の言葉に触れることができました。実感としては、二種類のニーズがありました。皆さんの口からは、まず、現在の変化に対する逼迫した、コストを枕言葉にした切実なニーズ、課題がどんどん飛んできます。そして、更に、よくよく聞いていくうちに現れて来る、根底にあり、じわじわと表に出てくる、子供の駄々にも似たニーズ。前者が「流行」そして後者が「不易」のニーズではないでしょうか。これが「不易流行」の現実的な区別かもしれません。

 私は、研究開発実務者としての役割は終え(ちょっと寂しいですが)、社会のなかで、顧客、研究・開発現場とものつくり現場とのアルミニウムの新製品・用途実現への計画役として働く立場となってしまいました。私のような役割の方は、いろいろな場面におられると思います。私として、望むとすれば、日本の「軽金属」の分野では、この松尾芭蕉の「不易流行」の精神をもって、不変の真理である「軽金属の根本」を目指す「不易」の技術には力を合わせて我慢強くお付き合いし、そして、軽金属の新たなる親展に貢献する「流行」には厳しく、敏感になり、かつ競争する姿です。

 これからも世界のアルミニウムをリードする使命を担うと自負する、日本の軽金属分野の皆さんと、そんな空気を共有できればすばらしいなと考えつつ、松雄芭蕉に会いに門前仲町を久しぶりに散歩する2年目の東京生活です。
 
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