エッセイ
材料塑性との長い関わり
- 結晶塑性から超塑性まで -
平成17年1月1日掲載
本橋 嘉信
茨城大学工学部超塑性工学研究センター
教授(センター長併任)
大学4年生のとき物理学科に在籍していたこともあって、公立中学校の理科教員になることを希望し、東京都教員採用試験を受けたが、見事に落ちてしまった(競争率は100倍以上だったと記憶している)。そのためもあって(失礼)、大学院の修士課程に進学した。そのときの研究テーマがビスマス(Bi)単結晶の結晶塑性に関するものであった。Biは菱面体構造を有し異方性が強く、また金属結合と共有結合の両方を有するため、結晶塑性学的にも大変面白い材料であった。この単結晶の塑性変形との出会いが、私の現在までの材料塑性に関する研究の歩みとこんなに深く長く関わるとは、当時は夢にも考えていなかった。
大学院修了後、茨城大学工学部機械工学第二学科生産技術工学講座(柴田孝夫教授)の助手として、教育と研究の道に足を踏み入れたが、それも当初は強い希望ということではなかった。上司の柴田先生は、三菱金属鉱業(株)中央研究所の時代から、アルミ―亜鉛共析系合金の超塑性の研究を進めておられ、私も先ずこの合金系の超塑性に関する実験的研究を始めることになった。これが超塑性との初めての出会いであった。そしてこの合金系の組織制御や工学的応用研究を行い、とくに組織を100~200nm程度まで微細・粒状化すると、より低温で超塑性が現れること(現在低温超塑性と呼ばれているもののはしりと思っている)、また、微細粒径範囲では粒径の減少とともに変形応力が低下し超塑性を発現する領域から、さらに粒径が微細になると変形応力が再び上昇する領域が現れる、などの興味ある結果を見出すことが出来た。このようなことから、超塑性にますます興味を持つようになった。その後、チタン合金やニッケル合金の超塑性とその応用研究を民間企業と行い、開発したチタン合金の変速超塑性鍛造法はダイバーズウオッチの製造法等として実用化された。また、セラミックスの超塑性にも比較的早期に手を出し、主にジルコニア系セラミックス(Y-TZP)の超塑性変形に起因する組織変化と機械的性質との関係、セラミックス / セラミックス、セラミックス / 金属との固相接合への応用などを行ってきている。この間、文部省科学研究費重点領域研究(その後特定領域研究)「超塑性の新しい展開」の研究グループ「セラミックス超塑性」の計画研究の一員に加えていただいたことも私共の研究室の特記事項の一つである。
平成12年4月には茨城大学工学部附属の研究施設(省令施設)として、超塑性工学研究センターがスタートした。本研究センターでは、分野を異にする研究者が互いに協力、融合して、これまでにない新しい発想に基づく知能的、高性能・高機能材料の創成、並びに超塑性現象を応用した成形加工法やレーザー応用積層造形法等の新しい技術を利用して、高性能・高機能な複雑構造物を創製するなど、環境や人間に優しい新技術シーズを、地域社会や世界に向けて発信すること、さらに新分野を担う研究者・技術者の養成を目指している。研究分野はA:超塑性現象応用研究分野、B:ナノ知能物質創製研究分野、C:レーザー応用マイクロ構造創製研究分野からなっている。
現在の主な研究課題は、Y-TZPの超塑性変形に起因する組織変化、とくにキャビテーション挙動の小角中性子散乱(SANS)法による評価を、チェコ共和国核物理研究所、ドイツHahn-Meitner研究所、フランスLaue-Langevin 研究所との共同研究で、Y-TZPの超塑性挙動に及ぼすイオンや中性子照射の影響、熱的性質の変化等を日本原子力研究所との共同研究で行っている。
軽金属関係では、ECAE法によるアルミニウム合金の組織制御と超塑性特性、β型チタン合金やマグネシウム合金の組織制御と機械的および超塑性特性等の研究を行っている。最近は、摩擦攪拌接合法(FSW)を組織制御に応用した摩擦攪拌処理(FSP)による、アルミニウムやマグネシウム合金の組織微細化と機械的性質、とくに超塑性に関する研究を進めている。FSWは固相接合であり、接合部の組織は母材より微細化することから、他の方法(TMTやARBなど)で組織微細化した板材をFSWで接合することにより、数mの板幅をもつ超塑性材料の作製も可能性があるなど、今後の展開に興味がある。
以上のように、学生時代に単結晶の塑性変形に出会ったのを皮切りに、その後種々の材料の超塑性とその応用研究に関わり続けて、およそ35年が経過し、現在も材料塑性に関するテーマがメインになっている。このように自分の当初の意とは違った分野に出会ってから、それが自分の人生の大半に関わることになるとは考えてもいなかったが、逆に人生とは面白いものとも今は考えている。人間万事塞翁が馬。