一般社団法人 軽金属学会

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エッセイ

うたかたの記

平成16年5月1日掲載

大塚 正久

芝浦工業大学工学部材料工学科教授
先端工学研究機構長

 

  ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
  よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、
  久しくとどまりたるためしなし。
  世中にある人とすみかと、又かくのごとし。    
     鴨 長明、方丈記(1212年)

 今からおよそ800年前、平安時代末期の不安な社会に生き、多難な人生遍歴の末に、絶望し出家したが、なお安住の地を見出し得なかった長明。冒頭に引用した方丈記の有名な書き出しで、長明は人生の無常、有為転変の世相を水面のうたかた(=泡)に喩えている。
うたかたは、今日でも、はかなさの代名詞として「バブル経済の崩壊」のように使われる。

 固体内の泡も、引け巣・ポロシティ・ボイド・キャビティと名称は様々だが、材質を劣化させる空洞欠陥として昔から忌み嫌われ、排除の努力がなされてきた。
 他方、気泡の存在は材料性能の飛躍的向上に資することも、木やヒト海綿骨の断面構造を見れば明らかだろう。天然材料は太古から、贅肉を排除し、空間を活用してきた。 

 むろん材料技術者も空間の利用価値に気づき、例えば棒に形を付与するなどして部材の比剛性や比強度を大幅に改善してきた(パイプ、形鋼、アルミサッシなど)。 

 最近、空間をさらに積極的に活用しようという動きが、アルミニウムやマグネシウムを中心にして活発化している。ポーラスメタル(メタルフォーム)がそれである。隔年開催の国際会議MetFoamはすでに3回を数え、第4回は京都国際会議場で2005年秋に催される予定である。(組織委員長は中嶋英雄・大阪大産業科学研教授) 

 しかし、急展開を遂げている分野とはいえ、緻密金属に比べると未だ道遠しの感が強く、固体フォーム物性の定量化、モデル化は今後の研究に待つ部分も多い。

 これに対し、液体フォームの研究は、各種の計算・観察・測定方法の開発とも相まって、近年かなり進んでいることを、たまたま読んだWeaire and Phelan著The Physics of Foams(泡の物理、Oxford University Press, 1999)で知った。以下、結晶粒形状を考える上でも興味深い「泡の3次元形状」にまつわる話題を同書から引用、紹介しよう。(図も同書より引用)

 液体フォーム研究の先駆者は、目の使いすぎで後に失明するベルギー人のJoseph Plateauである(図1)。彼は3次元フォームを詳しく観察し、泡の構造に肉迫した。彼の貢献をたたえ、今日でも液膜(セルフェース)同士の交線部分(セルエッジ)を「Plateau境界」と呼んでいる。Kelvin卿が以下に述べる位相幾何学研究に着手したのも、Plateauの古典的著作「分子間力のみを受ける液体の静力学に関する実験的、理論的研究(1873)」に触発されてのことらしい。

 Kelvinは論文「最小面積による空間の分割(1887)」において、単分散型の3次元規則フォームにおけるエネルギー最小(面積最小)の泡形状として、図2のような立体を提示した。すなわち、6つの平面4角形と、8つの曲面6角形から成る14面体(Kelvinの14面体)である。これをbcc構造に重ねれば空間を隙間なく充填できるというのである。ただし、Kelvin自身は数学的根拠を示していない。また、実際のフォームでも容器の内壁部近傍を除いて、14面体構造は見つからなかった。

 Trinity College Irelandの教授Weaireと大学院生Phelanがコンピュータシミュレーションの技法を駆使してこの問題の正解を見出したのは、Kelvinから1世紀以上も経た1994年のことである。彼らによると、理想的なフォームの構造は、図3に示すように、12面体と14面体から混成され、平均の辺数は5.104、面数は13.397である。この新しいフォーム構造の表面エネルギー(表面積)は、 Kelvin14面体のそれより0.34%だけ小さい。しかも、少数ながら実例も観察されている。

 以上は単分散規則液体フォームという比較的単純な場合のシミュレーション結果である。メタルフォームの場合は、セル内部に固体がある、界面エネルギーに異方性がある、拡散が遅いなど、複雑な要因が絡むため、計算はかなり厄介と思われる。したがって、当面は、放射光やX線によるセル構造の透視観察データが重視されるであろう。

(注)前掲書The Physics of Foamsの邦訳「泡の物理」は近く内田老鶴圃から刊行の予定。

フォーム研究の祖,J. Plateau Kelvinの14面体構造 Weaire-Phelanの最小エネルギー構造
図1 フォーム研究の祖、J. Plateau 図2 Kelvinの14面体構造 図3 Weaire-Phelanの最小エネルギー構造
 
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