エッセイ
研究開発のやりぬく力
平成16年4月1日掲載
佃 市三
昭和電工株式会社アルミニウム事業部門
加工技術開発センター長
青色発光ダイオードを開発した中村修二氏は、『考える力、やりぬく力 私の方法』(三笠書房)で、こんなことを書かれております。「開発というのは、それがいかに小さなことであれ、新たな物の創造だ。そこには幾多の困難が待ち受けている。それらを遂一解決し、一つ一つ突破していってこそ、はじめて新しい製品の開発ができる。壁にぶちあたったからといって、そこから引き返していたのでは、いつまでたっても壁は突破できない。壁をよじ登ってでもやりとげてみるのである。時間がかかってもかまわない。遠回りしてもかまわない。もちろんへたでも、つぎはぎだらけでもかまわないのだ。完成品をとにかく作り上げること。このことが非常に重要なのである。」
この本を読み終わった後の感想として、アルミ産業の研究開発の実情を考えずにはいられなかった。近年のアルミニウムに関する新製品の開発は、成長期である1970年から1990年に比較すると新しい製品の出現が少ないように思う。アルマイト建材、飲料缶、鉄道車両、・・・と当時の開発には勢いがあり、新製品が次々と市場に登場してきた。新しい製品の開発が少なくなり、その分、粘り強い研究開発がより重要となってきている。課題をブレークスルーするのに当たり前のやり方では達成できない。今一度、高い壁を突破するためのやりぬく力が必要であると考える。
やりぬく力を発揮するために、研究開発に対するインセンティブを与えるという考えがある。特許法35条の職務発明に対する「相当の対価」の解釈をめぐって、巨額の判決に関心が高まっている。「相当の対価は40億円」と認定された元東芝の舛岡氏は裁判を起こした理由の一つに「報酬の少ない技術者を元気付けたかった。」としている。ごく小数の人達にはインセンティブにはなるが、一般的には本当にそうであるのか。
本田宗一郎の場合は特許による対価とは無縁である。「いつも技術のことでフル回転である。研究、生産技術、工作機械と、おどろくほどの知能をみなに教えこむ。二日寝られない。どうも夜中にエンジンが頭の中で回って止まらない。」と、研究開発をやりぬくためには、壮大な夢を持つことが少なくとも必要条件であることは間違いない。
研究開発を効率よくやりぬくためには、角度を変えたものの見方が必要なときもある。一方的な特性の改善では壁に突き当たる。小生の最近の経験で恐縮であるが、高強度・高成形性Al-Mg-Si系アルミ合金板の開発で、トレードオフ的な現象でなかなか壁を突破できなかった。しかし、角度を変えてみれば、高強度・高熱伝導性アルミ合金板が得られた。これは壁を越えたとはいえないが、Al-Mg-Si系アルミ合金板の特性を、角度を変えて見直し、なんとかものにする“しなやかさ”も研究開発をやりぬくには必要と思われる。研究開発とは、思った通りには行かないものである。気楽にやればよい。これがやりぬく力となる。
携帯電話機の研究開発は、劇的な軽薄短小、高機能化とサービスに関して、猛スピードで進化し続けている。しかし、今流行のカメラ付き携帯電話の研究開発は1990年ころからスタートし、市場のへの投入には時間をかけたと言われている。研究開発には、中長期的戦略に立って、研究開発を受け入れ、醸成する風土と環境が必要である。
最後になるが、研究開発をやりぬくには、誰よりもその価値を信じ、まだ見えない市場の潜在ニーズを見抜く力が必要である。マーケティングと研究開発は、そういう意味では、非常に近い存在である。
以上、とりとめのないことを書いてきたが、アルミニウムという金属に出会え、アルミニウムの今後の発展を願いつつ、この軽金属エッセイを書いたことを理解していただきたい。