一般社団法人 軽金属学会

  • お問い合わせ
  • English

エッセイ

「雑感 -------
軽金属学会の将来と若い人達」

平成14年11月1日掲載

美浦 康宏

九州大学大学院
工学研究院
材料工学分野
教授
ケンブリッジ ためいきの橋にて

 

 国内外の産業経済社会の変化、科学技術の発展、ことに最近のIT関連技術の発展とその影響、さらには世界規模における循環型社会構築路線への転換の必要性、などにより軽金属学会も将来を見据えてより具体的な目標のもとに再出発をはかる必要が生じている。現在、菅野会長以下役員事務局一同現在学会が置かれている状況を見直し、抱えている問題を把握・認識し、種々の改革を行ってきている。
 安定した財政基盤に立脚して、各会員が新鮮で興味がもてる課題のもとに活発な研究活動を行い、優れた実績を挙げ、技術者、研究者としてさらに能力を伸ばすことが学会の理想とするところである。高い専門性を有する会員が増えることが学会の真の発展につながるのだから。

 今後学会が軽金属産業を支える多くの若い技術者と研究者に魅力ある存在であり続けることができるのだろうか。若い人達はわれわれの期待に応えてくれるのだろうか。

-------------------------------------------------------------------
 若い人達の理系離れ、大学生や新入社員の学力低下が問題にされはじめて久しい。現在も、幼児から大学生、社会人までを対象として、教育哲学、制度などあらゆる面からの教育論議が盛んになされている。
 バブル崩壊後依然として経済状況好転の兆しが見えない状態で、我が国の産業経済の国際競争力の低下を心配する声が経済界にもあるという。

 一方で、小、中、高生を対象として、IEA(国際教育到達度評価学会)が1964年以来行っている学力調査の結果によれば日本は第1回から参加し、数学、理科ともにトップクラスの成績を維持してきている。また昨年行われた15歳を対象とするOECD(経済協力開発機構)の調査ではでは32か国、26万5千人の受験者があり、日本はOECDが重点を置く読解力では8位、数学では1位、科学では2位となっている。(以上、7月21日付朝日新聞による)読解力が8位というのが印象的である。

 この状況をみると、大学受験を目指してなんとか頑張ってきた若者達が、大学入学後には勉強の目的、意義、楽しさを見いだせないまま、社会人となり、そこでは働く目的や人生の目的をも見いだせない状態に置かれている様子が透けて視えてくる。
 しかし、筆者は長年の経験から、“最近の若い人達の中には優秀で才能豊かな人が大勢いる。彼らは興味さえ持てば極めてレベルの高い困難なことをやり遂げる能力を持っている”と思うようになった。彼らは力を持っている。指導者はやや離れた所から、適切な目標と指針を与え、励ますことだ。歳をとったせいなのか、こんな当たり前のことに何十年もかけてやっと確信が持てるようになった。
「意欲をもたせること、心に夢と希望を灯してあげることが監督の仕事である。」とはマラソンの小出監督の言葉だという。
-------------------------------------------------------------------------
 軽金属学会は将来の目標を設定することができるだろうか。
 Al材料を取り巻く最近の状況の認識に基づいて考えてみたい。

 地球環境保全及び循環型社会構築という大枠のなかで、軽金属産業が取るべき目標戦略の一つは、軽金属の長所を最大限に利用して自動車をはじめ次世代輸送機器への利用の大幅拡大を図ることである。これは筆者の周辺の技術者・研究者の一致した見解のようである。軽金属学会では一昨年(平成12年)から昨年にかけて、6回にわたって「自動車軽量化シリーズ」と題するシンポジウムが、さらに昨年は50周年記念国際シンポジウムとして「Trends in Weight Reduction of Automobiles in the 21st Century」がそれぞれ企画・開催されている。技術開発によりガソリンエンジンに代わる画期的な環境調和型機関が開発されたとしても、車体軽量化の重要性がいささかも減じられるものではない。これまではAl材料は「高比強度、高リサイクル性を有し、循環型構造材としてきわめて有利である一方、鉄鋼、その他の材料に比べてコスト高である。」といわれ続けてきた。この状況はいつまでも変わらないのだろうか。
 単純な組成を有する汎用合金の開発が進み、さらにリサイクル、リユースなど環境保全思想がますます社会システムの中に取り入れられるようになれば、地金価格の問題は解決に向かうだろうし、コストダウンを目指した加工技術開発は大幅に速度を増すことが期待される。そうなれば「Alはコスト高」の声は小さくなっていくのではないだろうか。

 軽金属に限らず、鉄鋼などその他の材料においても、環境やリサイクルを標榜する分科会、研究会がしばしば開催されてきてはいるが、多くの場合使用済み材料、スクラップの処理、スラグやドロスのような精練、製錬副産物の処理を主な研究対象としているのが現状である。いわば対象療法の域に留まっているようである。今後はリサイクル性、循環性を考慮した材料、合金の設計が必要となる。循環型合金の設計の試みはこれまで一部の先進的研究グループによって小規模なレベルで行われてはきた。軽金属学会が中心になって合金種の統合を考慮した循環型合金の設計に本格的に取り組まれなければならない時期にきているのではないだろうか。
 循環型社会においては産業とその基礎となる科学技術は基本的に社会にたいする貢献度もその評価基準に加えられることになっていくのは当然だろう。投資の世界でも「環境や人権に配慮した企業に投資するという社会的責任投資」の考え方が広がりつつあると聞く。社会的貢献度が低い産業や、それらを支える技術や学術は社会から支持されにくくなる。

-------------------------------------------------------------------------
 軽金属学会が産業界と密接な連携のもとに高い社会的貢献度を維持しながら発展していくためには、われわれが学会活動の中・長期的な目標やその方向性を示す事が重要であろう。将来のことは次の世代の人達がしっかりやっていくに違いないと期待している。若い人達の理系離れや学力低下などを憂う必要はない。能力がある若者は大勢いるのだから。われわれは後輩が力を発揮できるような舞台、雰囲気作りの手伝いができれば良いのではないだろうか。最近(平成11年?)の軽金属学会の個人会員数の推移を見ると、2250前後で大きな増減はないようだ。しかし、幸いに学生会員数は平成11年から本年まで、160、176、220、221と確実に増加している(学生会員数は個人会員の内数、平成11年は9月、平成12、13、14年は6月の会員数)。若い人達の力に大いに期待したい。
-------------------------------------------------------------------------

 
PAGE TOP